9月11日、真田孔明は46歳になりました!
- 2022.09.12
- 2022.09.12
9月11日(日)をもって、僕、真田孔明は、46歳を迎えることになりました。ちなみに豆知識ですが、9月11日というのは、グレゴリオ暦で年始から254日目となり、年末まで丁度、「111日」ということになります。年内に、何かを成し遂げたいのであれば、僕の誕生日から「111日間」で取り組み、任務完了しなければならない・・・と、覚えて頂けますと幸いです(笑)。
夢や希望が覚めて現実を直視させられる46歳
アメリカの調査で、幸福度を自己評価してもらったところ、平均で46歳の時が、もっとも「不幸感」を覚えるといったものがあるようです。理由の一つに自分の「還暦ゴール」までの、到達地点の位置がリアル見えて来てしまうこと。夢や希望に満ち溢れていた、10代、20代の頃に、思い描いていた「ミライの自分」。かつて妄想していた、所得への期待「将来お金持ちになりたい!」と、46歳を迎えた時点の現実が、実際にどれだけ期待と差異があるのか?生涯収入的なものが、現実的に計算できてしまうのが、46歳頃とのことです。
サラリーマンであれば、46歳時点で「部長職」以上になれているかどうか?定年退職までの10年間++が見通せてしまいますし。自営業の社長であっても、最後の10年間++の頑張りで、どこまで行けるのか?想定することは、それほど難しくなくなります。一般的に、考え方も凝り固まって来るお年頃ですし。46歳を迎えてリアルに見えてくるのは、極めて現実的な「余生」。
大多数の方々は、「若かりし頃の期待」に対して、下回っている状態で、46歳を迎えてしまう。また、46歳頃になると、同年代の方々とは、圧倒的な所得・現金・資産の格差も決定づけられてしまい。その現実を目の当たりにしなければならないことで、46歳で「幸福度」が最も下がるようなのです。46歳にもなると、以降、心身の堅牢性が右肩上がりに上昇して行くこともない。年々衰え続ける速度を、なんとか減速させることしかできないイメージ。
実際に、「バカだけど、体力だけには自信がなります!」と言える状態だった、かつての僕の唯一の取り柄とも言えた、体育会アメフト仕込みの「体力貯金」は完全に無くなってしまったと感じます。今残っているのは、かつて筋肉だった面影がボンヤリと輪郭を描いている、ムダ肉だけ。昔とは異なり、フィールドを駆け回ることも、身体をぶつけたり、突っ込んだり闘うこともできない。何の役にも立たない肉塊だけをまとっている状態です。
食事も慎重に選ばないと駄目になっています。例えば、カツ丼に天丼、油ギッシュな和牛丼。食べる前は、「うまそうだな・・・」いまだに食欲はグッと沸き起こるのですが。もしも、その気持に素直に従って本当に食べてしまうと。全エネルギーを胃腸の消化に使ってしまうのか?その後に急激に眠くなったり。胃腸のあたりがモタれてしばらく気持ち悪くなってうずくまることになったり。どちらにしても食後数時間の僕は、全く使い物にならなくなるほど。油モノなどをエネルギーとして効率的に吸収して使うことができなくなったようです。
そうなると、理想の食事は「お蕎麦」などのアッサリとしたものに限定されて来ます。20代・・・30代・・・と比べて、パソコンに向かって集中できる時間が激減。代わりに、睡眠時間が増えました。これが40代と言うものか・・・衰退を覚えはじめて既に幾年かが経ちましたが。いよいよ46歳を迎えると、明確に「還暦ゴール」までの限られた年月がリアルに見えてきます。
心だけは、グラウンドを駆け巡っていた少年の頃とほぼ何も変わらないとは思っているのはずなのに・・・。いつもはこうして弱音を吐いているわけではなく。「目指せ生涯現役!」と、自分に発破をかけているのですが。アクセルを踏んでも、20代、30代の頃のようには、加速がかからない・・・というのだけは確かなようです。
だから否応なしに、いかに限られた時間と労力で、最大限のパフォーマンスを出せるのか?そのための「知恵」というものは、以前よりも備わって来たようです。と言っても、僕が自分で思いついたモノなどはほぼ皆無。全ては師匠である、大富豪ファーザーとマスターヒロさんから教わった「考え方」や「方法論」をそのまま採用しているに過ぎないのですが。ここらへんの割り切り具合も、「知恵」のひとつだと考えています。
46歳から本格スタート「バトンタッチ大作戦」
僕自身の形ある身体機能面は、衰える一方ではありますが。僕が46歳を迎えた今、実感できていることがあります。それは、「脳のOS=考え方」は、まだまだ進化成長できるのだと言うことです。引き続き、マスターヒロさんにご指導を頂戴していますが。僕自身の「脳のOS」を・・・従来の、勝つこともあれば、負けることもあるポンコツ状態のものから。何をやっても必然的に勝ち続けられる「成功OS」へと書き換えを行い続けることで。
今なお日進月歩で進化していることを実感できます。僕自身の「考え方」が変わることで。僕と直接関わってくれる周りの方々の「考え方」も変わります。すると、労働とは乖離された、全く別の「収入」のあり方が見えてくるわけです。
例えば・・・弟の「考え方」も変わりはじめました。酪農10年ブルーワーカー時代に患った、リウマチでボロボロの状態ながらも、自営業者としての腕前を自力で上昇させることができるようになってくれました。そして、今では弟が稼いだ分から、お小遣い的に毎月収入を頂戴する流れもあります。
また、4年ほど前までは学校から帰って来るなり、寝転んでYouTubeを視聴することしかできなかった長女と次女も。欲しいモノを手に入れたり願いを叶えたりするために、自らの意思で能動的に目標に向かって、立ち向かえるようになってくれています。長女も今年東京にある国立大学に通う大学生になり、そして来年には二十歳になります。若さと生命力に溢れた元気いっぱいな様子で、子どもたちが「競争」に立ち向かってくれるのを見る度に、頼もしく感じます。
もう頭の中では、自分は後「10年だけ」頑張って「次の世代にバトンタッチ!」という「継承」にシフトしてきています。同時に、自分が衰えゆく中で、収入を増やすにはどうすれば良いのか?「勝てる株式投資の方法」本質的なものも理解することができて。残りの10年間だけ頑張って得た収入を。自分よりも若くて優秀な次世代の「修羅」たちが頑張って働き続けてくれる、これから先に成長するであろう企業にドンドン投資。「バトンタッチ大作戦」。
このように、自分の労働力の低下と共に、「バトンタッチ」して行くことしか考えていません。自分の衰えから、目を背けることなく実感することで、「不労所得への道」が、リアルに見えてきたというのが今日時点の状況です。僕個人の労働力的な力量は、「還暦を迎えるまでの残りの14年間」で、上昇することはないでしょうが。20代、30代とは違った、「おとなの稼ぎ方」へとシフトしてきているのを実感します。
僕にとっての46歳は、「バトンタッチ大作戦」の本格的なスタートの年。「考え方」という部分では、成長を続けながら。「還暦」時点における完全なる「不労所得」へと向かうべく、本格的に歩み始めるスタート地点の年とさせて頂きたいと思います。46歳を迎えてなお、まだまだ中身は未熟極まりない状態ではありますが。必要とあらばいくらでも成長すべく変わる。死ぬ直前まで変える。その意気込みを持って、何事にも真剣にみなさんと一緒に向かい合いながらも取り組んで行きたいと思います。以上46歳を迎えた僕の「決意表明」とさせて頂きます。引き続き、叱咤激励、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます!