「お金」より難しい、最も入手困難な「子どもの教育」の成功

  • 2022.10.25
  • 2022.10.25

世の中で最も入手困難なモノ・コトとは?

お金は自分がビジネス・投資の活動で稼いで年収を高めるだけ。確かに年収を高めることも。簡単ではないかもしれないけれど、自分が正しいお金の増やし方を学んで理解して、真剣に実行するだけ。年収が高まり、現金・資産が高まれば。自分の好きな自宅を購入したり、借りたりして住むこともできるし。車も入手難易度の高いものはあるけれども、結局は、お金さえあればそれほど難しいものではない。

購入した瞬間に、資産性が高まるレアリティの高いお宝モノでも。正規店で定価で買うのは、設計図を知らなければ難しいかもしれないけれど、市場価格で良いなら中古販売店でならば、お金を積めば誰でも簡単に買えてしまう。自分が何かを獲得したりする難易度というものは、一度やり方が分かってしまえばそれほど難しいものではありません。

世の中、「入手困難なモノ・コトとは?」すべてを列挙して、フラットに考察してみると。「子どもが素晴らしい状態」になってもらうことが、最も難易度が高いことが分かります。その証拠に、「金持ち3代で潰れる」と言われるように、どれほど両親が優秀で、お金で解決できることは、何でも解決できるような、「修羅」な状態の両親であったとしても。その子どもたちが、素晴らしい状態になっているとは限らない。

むしろ、大多数は、ボロボロのヤバい状態に陥ってしまっている。世の中「お金はすべて」とは言えないけれども、結局「お金」があると、人生の中の95%位は解決してしまう。残りの5%のことは、「お金で解決できないこと」ということになるのだけれど、その代表的なモノ・コトの中に、「子どもの教育」というものが挙げられると思います。

両親が貧乏なら、子どもたちが素晴らしい状態になれるということにもなりませんが。両親がお金持ちでも、子どもたちが素晴らしい状態になれるとは限らない。世の中にあるありとあらゆるモノ・コトと比較しても、「子供の教育の結果」に勝る入手困難なモノ・コトは、存在しないと言っても過言ではありません。

お金を沢山費やすだけでもダメ

「お金持ち」な両親も、子どもの教育には、沢山お金を費やしていると思います。様々な習い事に通わせたり、学習塾に通わせたり、公立学校だけでなく、私立・インターナショナルスクールなどに通わせたり。長期の海外留学だって、お金があるのですから、簡単に実現できてしまいます。習い事の月謝。学習塾の受講費用。私立・インターナショナルスクールの学費。

確かに、普通のサラリーマン家庭の方々からすれば、生活を圧迫してしまう程の重課金に感じてしまうかもしれませんが。年収や資産がが突き抜けた方々にとってみれば、月謝、受講費、学費自体は、それほど大変なものではありません。お金で解決できることは、それほど難易度が高いモノ・コトとは言えないのです。

けれども、沢山のお金を支払って、習い事、学習塾、学校に通わせたとしても。子どもたちが、素晴らしい状態に育ってくれるとは限らないのです。現に我が家の場合も、習い事はしていましたし、日本ではなく、海外の先生が100%アメリカ人のインターナショナルスクールに、6年間も通学していました。お金だけを考えると、普通の家庭よりも費やしていた方だと思います。

けれども、マスターヒロさんから、「子どもの教育方法」を、教わるまでは。15歳、13歳の時点では、学校から帰ったら、寝転んでYou Tubeを視ているだけの状態に陥ってしまっていたのです。両親が子どもたちにお金を費やすことと、子どもたちが素晴らしい状態に成長してくれることは。なかなかイコールになってくれない現実があることが分かります。

逆に、世の中には、沢山お金を費やしているにも関わらず、子どもたちがボロボロの状態に陥っていしまっている家庭も、あまりお金を費やさなくても、子どもたちが素晴らしい状態に成長してくれている家庭も、共に存在しているのです。

こういう現実を見てみると、やはり「子どもの教育」というのは、「お金」があるからと言って成功するものとは限らないという類のモノ・コトであるのが分かります。この本質的な理由が分からないことには。両親がどれだけお金を教育費として費やしたとしても、すべて無駄になってしまうのです。

貧乏だから良いわけではない

とは言え、貧乏だったら、子どもの教育に成功するか?ということにもならないので注意が必要です。お金が無いと、子どもに習い事を習わせたくても我慢することが出てきますし。学習塾に通いたくても、通わせることができなかったり。進学する学校も、「うちは貧乏なんだから、公立・国立しかダメですよ!」子どもたちから、「選択肢」を奪ってしまうことになります。

また、大人になってからの評価の結果は「年収」です。会社勤務のサラリーマンとしても、評価されている人の年収は高いし。自営業の社長の場合も、周りからの評価がビジネスの成功につながり年収につながります。両親が年収の低いままで甘んじ続けている。

両親が社会人としての責務を全うしきれていないにも関わらず。「子どもの仕事は勉強だから頑張れ!」的なノリで、子どもたちにだけ、一方的に頑張ることを促し続けていたとしても。「パパとママも頑張ってないじゃん!なんでボクだけ頑張らないとイケナイの?」子どもが小3になることには、両親が頑張ってないことがバレてしまいます。僕

たちが生まれ育った昭和の時代であれば、両親以外の第三者の大人が、面倒見が良くて・・・生みの親である両親はダメダメでも。育ての親的な師匠、先生、先輩的な方に恵まれたことで。「両親が放置してたけど子どもが勝手に素晴らしい状態に・・・」というお話も、あったと思いますが。核家族化に、コロナ禍の在宅化に、インターネット社会。学校の先生も、仕事は仕事的なノリで、「熱血先生」などというものは、逆にパワハラだのモラハラだののクレームが教育委員会に入ります。

こうした社会全体の人と人のつながりが途切れてしまっているネクストノーマルな世の中では、両親以外の第三者が、子どもたちを勝手に育ててくれる・・・などということは、まず発生しないでしょう。すると、今の時代に、子どもを育てられるのは、ほぼほぼ両親しかいないのです。その両親が自分の責務を理解して頑張らない状態で、「子どもたちだけ素晴らしい状態に・・・」というのは、いかがなものなのでしょうか?

お金持ちと貧乏、共通の教育の要

子どもたちが22歳を迎えて社会に出た後、素晴らしい状態になってくれる。自らの意思と力で、欲しいモノを手に入れたり願いコトを叶えたり。競争力を持った状態で、社会で大活躍してくれる。両親が「お金持ち」であり、習い事、学習塾、学校と、大金を費やしても、そう成長してくれるわけではない。かといって、両親が「貧乏」であっても、習い事、学習塾、学校の「選択肢」が乏しくなり不利になるだけ。

どちらにしても、普通の考え方で、普通にやっていたら。子どもたちは、世の中の大多数の方々のように、自力で年収400万を稼ぐのさえ難しい状態に陥ってしまいます。よく考えてみれば、これが「悪い状態」というわけなのではなく。「普通=平均」なのですから、普通に落ち着いてしまうだけとも言えるわけですが。「素晴らしい状態」になってくれないことだけは確かなのです。

両親が「お金持ち」な場合は、決して「お金」を支払うだけの状態に陥らないように、しなければなりませんし。両親が「貧乏」な場合は、自分の時間と労力をフルに活用して「お金」が無いゆえに乏しくなる状態を補った活動が求められます。両親が「お金持ち」でも、両親が「貧乏」でも、「子どもの教育」の「要」を理解して真剣に取り組む必要があることが分かります。

「子どもの教育」で「成功」するためには。子どもが素晴らしい状態になることに必要な、そのための教育方法をしっかりと学び、理解した上で。両親の可処分所得と可処分時間を考慮、それぞれの家庭に合った最良の「計画」を構築した上で。

「子どもの教育活動」に真剣に取り組み続けることが重要です。そうでなければ、世の中で最も入手困難なモノ・コトに該当する、「子どもの教育」で、「成功」するわけがありません。世の中で最も入手困難なものは、「子どもの教育の結果」なのですから、その現実の把握を持って取り組まないとならないのです。