「学び」をモノにできる人とできない人の違いを考察

  • 2020.04.12
  • 2020.04.12

◯学びをモノにできる人・できない人の違い

何を学んでも中途半端になる人と 学んだものを血肉にすることができる人の違い。多くの人たちは沢山学んではいるが、何も身につかないままこれまでと変わらない人生を送っている。そればかりか、沢山あれこれと一度に学びすぎて混乱している。

一方で、なぜ修羅は着実に学んだことを実践に使えるまで落とし込めるのか?その違いを考察してみるよう。

僕たちの人生に終わりがあることだけは、決まっている。生きてる間に何かを成し遂げられるかは人それぞれだけど、こうしてる間にも日々年をとっていつか死を迎えることだけは確実に決まっている。

時間が沢山あると思っていても実はそんなにはない。限られた時間の中で、学んだことを着実に身につけて、さらには、学んで満足するだけでなく、現実の行動に落とし込み、なおかつ現実と未来が実際に変わることまでが求められる。

セミナーやグループディスカッション、個別面談を通して多くの方々と対話を繰り返す中で、着実に自分が思い描く成功=シアワセを掴み取って行く人と、そうでない人たちの明確な違いが見えて来るその基礎に当たる部分が「学び方」にある。何をやっても無敗になれるかどうかも、全てはここから始まる。

◯何を学んでも身に付かない人の共通点

何を学んでも中途半端な状態にしにならず、結果何も身につけられない人。最大の共通点は学ぶ刺激だけを求めていることだ。自分が今まで聴いたこともない新しいお話には飛びつけるが、既に聴いたこと知ったこと学んだことは刺激が無くなって行くので興味を抱けない。

大事なものは、既に学んだことの中にあるのに、永遠に新しい刺激を追い求め続ける。「灯台下暗し」的な思考とも言える状態。これでは何も身につかない。

「今までオレが知らなかったことを知ることができた!オレ今日も学んだ!」

学ぶ刺激に喜びを感じることが、学ぶ基準になっている状態。刺激があるかどうか?興奮するかどうか?基準で学ぶことを決める。0が5になった10になった、興奮剤を打ったような気持ちになれないと学んだ気すらしない病気とも言える。

◯学ぶ刺激を求める人のお仕事・恋愛

学びに刺激を求めてる人は学びの場だけでなく、お仕事でも同じく刺激だけを求めている。新しい職場環境で新しい体感をしたときだけ一所懸命頑張れるが、それがルーチン化すると刺激が無くなることでマンネリ化してやる気が無くなってしまう。仕事がつまらないと刺激基準で転職を考え始めるので何をやっても続かない。学びに刺激を求めてる人は学びの場だけでなく、男女関係にも刺激だけを求めている。

出会ったばかりのお互い恋愛に夢中になってる時だけは盛り上がるが、それがルーチン化するとつまらない化する。その延長で、勢いで結婚してしまうと家庭内が全て灰色に見えてしまう。約束・規則・形式美に基づく結婚生活も続かない。

考え方はA=B=Cイコール。学ぶ刺激を得ることが学ぶ目的になっている人は、その考え方を変えない限り、永遠に学びに刺激を求め続けるだけだし、お仕事にも刺激を求め続けるだけだし、恋愛にも刺激を求め続けるだけ。全ての基準が刺激なので「成功=シアワセ=刺激」。当然何を学んでも学んだことが血肉になるわけが無い現実。学び、お仕事、恋愛刺激だけを求めて永遠に彷徨い続ける状態に陥る。

ファーザーから見るとそういう方々の学びは「普通の人達は100冊の本を1回ずつ読んで学んだ気になっているだけ」という言葉に集約される。実はこれが世の中の大多数を占めている。だからマスコミも彼らの刺激のニーズを満たすために、常に刺激を発信している

◯学んだことを着実にモノにできる人の共通点

学んだものを着実に血肉にすることができる人。何を学ぶべきか?その選択自体にはとても慎重だ。自分が何を学ぶべきかを見極めるため、お金と労力と時間を沢山かけてじっくりと見極める。けれども一度見極めて選択した後は、1つのことをトコトン学び続ける。何度も何度も繰り返し読んで喋ってを繰り返している。

学んだものを着実に血肉にすることができる人は、毎日同じことを学び続けるのだが、1回目、5回目、10回目、100回目自分が読んだり聴いたり喋ったりする度に、深い学びやその中での新しい気付きがあることを実感している。その自分の中の少しずつの変化に、喜びを感じることができる。

学ぶことで自分が変わる。一度学ぶと決めたことを何度も繰り返し学んで行くと、本を書いてること人がしゃべってること、ここはほぼ変わらないことな
はずなのに、見聞きした受け手側の自分自身の捉え方考え方そのものが変わっていく。白だと見えていたものが次第に黒だと見えることもよくあることだ。そうした自分の変化に喜びを感じられる。

同じことを学び続け自分の考え方が変わると学んだことの通りに現実も変わる。今まで自分にとっては 夢や希望レベルの到達不能と思われていた偉業でさせ、達成できる目標へと変えることができるとリアルに実感することもできる。現実が変わり始めてもさらにまだ学び続けると学びが自分そのものに変わる。

◯学んだことをモノにできる人のお仕事・恋愛

同じことを学び続けることができる人がお仕事に取組むと、毎日の決まった時間、決まった場所ルーチンの中に訪れるミリ単位の小さな変化に大きな感動を覚えることができる。自分が変わることで、自分と関わる周りも変わって行くのを実感する。

同じお仕事を続けていても大きな喜びを感じながら継続することができる。同じことを学び続けることができる人が男女の恋愛に向き合うと、当たり前に思われる男女の会話の中でさえ小さな変化に大きな感動を覚える。まるではじめて出会った頃の喜びを何年、何十年も継続できる。この延長で約束・規則・形式美を結び結婚すると、限られた日常の中で無限の喜び感じることができる。

大富豪ファーザーの奥様との関係が45年以上ずっと円満であり続けられる秘密は、奥様との何気ない日常の中で「まるで初めて出会った少女の頃のように」感じ続けることができることにある。毎日の約束・規則・形式美の中の小さな変化に、大きな喜びを感じることができる状態。それほど変わらない日常の中で、変わるのは自分の心なのだ。

考え方はA=B=Cイコール。自分が選択した学ぶことをずっと続けられる人。全く同じものを学び続ける日々の繰り返しの中で、何よりも大きく変わっていくのは自分自身そのもの。お仕事も恋愛も全てイコール自分が変わることに感動する。ファーザー「オレは1冊の本を100回読む」の言葉にもつながっていく。

◯学びによって自分が変わることとは?

学びによって自分が変わるということは、知らなかったことを知ったということでは足りない。知っていることは当然のこと、それが実際に自分の血肉となるまで、何も意識しなくても習慣そのものが変わるまで自分の一部にできないと、学んだとは言えない。

考え方の習慣 行動の習慣 そのものが根底から変わる。一体どのくらい同じことを繰り返し学べば自分の血肉になるのか?1回ではムリに決まってる。5回、10回でもムリ。実際は100回でも足りない。

武道家が 1つのパンチの型を丁寧に繰り返し何万回も、繰り返し反復して練習してようやく一人前になれるように、同じことを 何百回、何千回と繰り返して一人前になる。

同じことを何百回も読み、同じことを何百回も聴いて、同じことを何百回も喋り、同じことを何百回も実行する。

こうしてようやく自分の血肉になり、意識をしなくても無意識の状態で、学んだことが考えられるようになり行動できるようになる。学ぶことが自体が変わるのではなく自分だけが変わる。最終的に学んだことが自分そのものになる。

◯ファーザーの生き様に理想の光が見えた

自分が変わることに感動することが目的になっても、本末転倒なので気をつけなければならない。何のために学ぶのか?何のために学ぶことで自分が変わるのか?目的はあくまでも「成功=シアワセ」を掴み取ることになっている必要がある。どんな時代でも何度でも繰り返し「成功=シアワセ」を掴みとるため。

僕は2012年にファーザーからファーザーが45年以上生き残り続けた無敗の秘密を教わりはじめた。ファーザーにオレの話を理解して実行して来たやつはお前が初めてだとおっしゃって頂いたことがある。第三者の経営者や投資家にも何度も話したことがあるが誰も理解しなかったと。

僕自身がファーザーのような「成功=シアワセ」をどんな時代もつかみ取り続けられるように成りたいと思った。家族の在り方含めて僕の理想の光がそこに見えた。その理想を達成できる目標へと変えるためにどうしたら良いのか?何度も同じことを質問し、収録した音声から学び、自分が理解したことを何度も繰り返し他人に話した。

僕は、ファーザーからのお話に単なる学びの刺激を求めていたわけではない。ファーザーのような生き様を、夢や希望ではなく自分が現実に達成できる目標へと変えたかったのだ。だから脇目も振らず8年かけて同じことを聞き、同じことを考え、同じことを他人に喋り続け、ようやく最近僕は、基本となる「左手のジャブ」が打てるようになりはじめた。

◯オレは1冊の本を100回読む

ファーザーと僕の間にある果てしない大きな隔たり、それを埋めるヒント教科書ガイドを、22年ファーザーの背中を追いかけ続けてこられ研究を続けたマスターヒロさんがお持ちだった。幸運なことにマスターヒロさんに従事する形でその訓えを教わり続けることになった。

学びは急速に深まりはじめた。あなたがどんな成功=シアワセを望むのか?そのためにあなたが何を学ぶのか?それはあなたの自由であり僕が強制するものではないが「普通の人達は100冊の本を1回ずつ読むオレは1冊の本を100回読む」

どちらの学び方が本当の学び方なのか?この部分は良く考えてみてはいかがだろうか?

追伸

成功=シアワセの形は人それぞれだけど、何でも欲しいものを狙って手に入れ続けられるため、成功者の思考と習慣真似できることを真似するだけでも人生は激変する。

学ぶ内容を激変させるのではなく自分自身の現実を激変させる教材として。

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