高校生時代03:バレンタインデーの悪夢を払拭!真田孔明の兵法誕生秘話

  • 2020.03.12
  • 2020.03.12
教室

毎年2月14日が来ると深層心理の深い部分に鈍い痛みのようなものが走る。

いや実際は痛く無い。痛みがあるような感覚を憶えていると言った方が、表現は正しいだろうか?

言わば「古傷が疼く」というやつだと思う。その「古傷」を通して記憶を辿って行く時、まず、ある歌が頭の中にこだまするように響く。

★シャラララ素敵にキッス♪ シャラララ素敵にキッス♪

★シャラララ素敵にキッス♪ シャラララ素敵にキッス♪

★明日は特別スペシャルデイ♪一年一度のチャンス♪

★OHダーリン♪デュワデュワ♪OHダーリン♪I LOVE YOU!デュワデュワ♪

★誰も浮かれてカーニバル♪彼氏のハートを射止めてOH BABY♪デュワデュワ♪ 

★OH BABY LOVE ME DO♪ 

★甘い甘い恋のチョコレート♪あなたにあげてみても目立ちはしないから♪

★私ちょっと最後の手段できめちゃう♪

★バレンタイディキッス♪バレンタイディキッス♪

★バレンタイディキッス♪リボンをかけて♪

★シャラララ素敵にキッス♪シャララ素敵に♪

『バレンタイン・キッス』作詞:秋元康、作曲:瀬井広明、編曲:佐藤準

学校から帰宅してお茶の間で独りで観ていた番組『夕やけニャンニャン』の中で、国生さゆりを観ながら、小学生ながらに涙を流していた。

嬉しいわけじゃない。悲しいわけでもない。

やり場の無い怒りのようなものが次から次へと腹の奥底深いところから、次から次へと沸き起こって来て。

その感情の渦の力があまりにも大きすぎて体内に留まることができないのか、涙腺を通して、勝手に涙として体の外に溢れでて来てしまうのだ。

小学生の時に孔明が負った根深く深い傷(トラウマ)

孔明の小学生時代裏版・・・語りたく無い過去の方である。普段は女子たちから人気がない事、モテナイことにもあまり気がつかない。

どちらかといえば悪い事も、嫌な事も、すぐに忘れてしまう性格だったからだ。

いや、むしろ、プラスの方向に勘違いする方が多いタイプなのだから。

けれども毎年一度、孔明が現実を知らされてしまう日がやって来てしまう。

孔明が望む望まないに関わらず、孔明にとって地獄のような一日が必ず訪れてしまう。

それが2月14日「バレンタインデー」。

教室内では世にも恐ろしいことが繰り広げられる。

クラスの女子から人気者の「イケメン君」の所には、恐ろしい程の量のチョコが一気に集まる。

下駄箱の中。机の中。ロッカーの中。さらには手渡し。ありとあらゆる場所で女子たちが先回りして待ち構え、次から次へと「イケメン君」に包装された箱型のチョコが手渡しされていく。

なんと、噂に聴くところによると、わざわざ母親と一緒に家にまで届けに来てくれる女子も、いるらしいではないか?

それでも、基本的にポジティブ思考だった孔明は、2月14日小学校に登校すると必ず期待する。

周りに気づかれないように、悟られないようにさり気なく、まずは下駄箱の中を確認。

教室の席の机の中にそーっと手を忍ばせて確認。

お道具箱をさり気なく取り出して、分度器を取るふりをして中身を確認。お道具箱を出した後も再び机の奥深く部分を確認。

ランドセルを入れる時に、ロッカーの中を確認。ピアニカとリコーダーの間に紛れて挟まっていないかも。

はたまた帰りの校門の裏で誰か女子が待っていないか期待する。

万が一のうっかりミスがあっては大変だと、右、左、前、後、上、下、確認できるところは、全て確認した。

ギフトペーパーに綺麗にラッピングされたチョコ。心の奥底から欲しかったのだ。

けれども期待とは裏切られるためにあるのだとその度に知らされる。現実とは辛いものだということも。。。

どこにもギフトペーパーに綺麗にラッピングされたチョコなどは見当たらない。その日に限っては、男子と女子の間に深い壁が。普段はある程度会話してくれる女子も、声をかけてくれ無い。

校門の陰にも誰一人として孔明を待っている女子はいないのだ。

自宅に帰宅後も、誰かクラスの女子がチョコを持ってこないか期待をし、チャイムが鳴るたびに、ダッシュで玄関に向かう。

噂通りにチョコを手にした女子が母親と一緒に立っている事を期待して。。。

配達のおじさんだ・・・・。

弟に教えてもらったバレンタインデーの真実の姿

孔明には5歳年下の弟がいる。孔明が小学6年生の時、弟は小学1年生。

弟は同じ両親から生まれたにも関わらず、やさしそうな顔と心を持っち合わせていた。

性格は、実の兄の孔明から見ても本当にいいやつ。裏表が全くなく、欲がなく、心から他人に優しい。

近所のお年寄りにもしっかりと挨拶したり、親切にしたり。孔明とは正反対の人間だ。

あれは小学6年生の2月14日バレンタインデーの日のこと。

孔明は弟のお陰で衝撃の事実を知ることになってしまうのだ。

「ピンポーン」

チャイムが鳴る。当然のように孔明がダッシュで階段を駆け下り、玄関に向かって走り、扉を開ける。

おお、女子だ!・・・小学1年生位の。お母さんと一緒に来ている。

「次郎クン(弟)いますか~。」そんな女子が一日5人は我が家に訪ねてくれた。

それだけじゃなく、弟が学校から持ってくる、ギフトペーパーに綺麗にラッピングされたチョコの数。

半端じゃない。世の中にはこんなに美味しい思いをしている男子がいるのかと衝撃を受けた。

その後、弟からチョコをいくつかふんだくって、食べまくったのは言うまでもない。食いしん坊だったからだ。。。

2月14日。孔明にとって自分がこれほどまでに女子にもてない人間だということ。

孔明たち男には、生物学的に言う「優性・劣勢」が存在すること。人は生まれながらにして平等ではないこと。

クラスの1割の男子が9割の女子からモテること。毎年2月14日になると、嫌と言うほど思い知らされたのだ。

小学生時代の孔明の心の中に「黒い炎」を受け付けた出来事である。

「孔明の兵法」誕生秘話

過去の「思ひで」はこのくらいにしておこう。本当は、まだまだ沢山エピソードがある。中学生時代、、、高校時代(男子校)、、、、これ以上お話を続けてしまうと、心がダークサイドに支配されそうになるから。

辿って行くと、この時代に受けた心の深い傷が、孔明の最大のコンプレックスであり。このコンプレックスを解消するために、全ての努力と行動を決定していたことが分かる。

運動が得意でも好きでも無かったのに、高校でアメフトを選択してしまったり。。。

男子校時代になんとか生まれて初めての彼女を作るために、躍起になって1年目に1年間50回もコンパを主催してしまったり(行動したのに、見事に常に地雷を踏みまくり一年目自滅)。。。

けれども、高校二年生になっても、引き続きコンパで全滅しまくっていたのだが、ある時ヤケクソでそれまでと真逆のことをやってみた。

自分の感情の働きと全く真逆のことをやってみたのだ。すると・・・。確かにモテナイのはモテナイのだが、今までのことが嘘だったかのように、まるで優性の男子のように、「結果を叩き出す」ことができるようになったのだ。。

その方法とは・・・孔明が主催した合コンに「血の掟」というルールを作ったこと。(実際はここにたどり着くまでに試行錯誤の経過が入っているが、ストーリー展開的に過程を短縮。)

【合コン「血の掟」】

これら4点です。それぞれどういうことなのか?倶楽部メンバーのあなたに解き明かそう。

さて、以上のような4つの「血の掟」を貫き通しながら結局はどうするのか?

もともと「覇王色の覇気」の資質を兼ね備えるレア種でもあられる女子側の主催者が、後から勝手に引きあわせてくれる。孔明の方に勝手に導いてくれるのだ。

女子の主催者:「孔明クン、気にいった子いたの?」

いない時は「いない」とハッキリと言う。そしている時は「いる」とも。。。

そして「いた」場合、人望も人徳もあり、覇気をお持ちの女子側の主催者さんは、主催者にとっての最高のコンパを主催してくれた孔明=唯一楽しい想いが出来るコンパの主催者である孔明を、その対象の女子に対して、勝手にべた褒めしてくれるようになってしまうのだ。。。その力と効果たるや・・・。

孔明の中途半端なシドロモドロアプローチ一撃分の、数千、数万倍の覇気レベルの影響力でアプローチしてくれる。

自分がイケメンになったわけでもなく、モテメンになったわけでもない。

基本、バレンタイディキッスを聴きながら涙していた頃と何も変わっていないのだから。

なのに、考え方を変え、兵法を駆使することで、結果的にはイケメンとかモテメンが生まれながらに持つ力に匹敵する力を得ることができる。結果を叩き出した絶対数的にははるかに凌駕させることもできる。

兵法というものの素晴らしさを知ったのだ。

その後・・・小学校・中学校、幼少期に受けた心の傷を癒し、心の中の闇を払拭させるかの如く、高校二年生の時の覚醒をキッカケに・・・様々な孔明流兵法を、孔明と仲間たちのために、編み出して行くことになった。(文章化すると数百ページ分になる。)

そして、次第に男子から「我らが軍師、諸葛亮孔明先生!ありがとうございます!」・・・そう言われることが何度かあったことが、かなり嬉しくもあり、今のサーバー世界での活動名につながっているのだ。笑

ということで、最終的には「バレンタインデーの悪夢」には感謝しなければならないのだが、それはそれで、古傷は疼く。苦笑

追伸

親切心でチロルチョコを、クラス男子全員に配布してくれる女子もいましたが、あのチロルチョコの貧富さが、隣のイケメンの「ギフトペーパーに綺麗にラッピングされたチョコ」と比べることで、さらにショックを受けるものだ。

「お前らチョコを学校に持ってきていいのか!」なんども心の中で叫んだのは言うまでもない。

当時。。。クラスの約9割のチロルチョコしかもらえない、日本男子を精神面から鍛えあげるための、国家政策だったのだろうか?